故・高畑勲監督作品「かぐや姫の物語」が、如何に賞賛するほどの「高意識なパンクロック」であるか #前編

※ネタバレ注意
※長文注意

僕が唯一尊敬するクリエイターと言っても過言ではない宮崎駿さんと戦友である高畑勲さんは、皆さんもご存知の通り、45日に月へ還られました。

その追悼を兼ねて、また高畑さんへの最大の尊敬の念を持って、いつものようにふざけた感じではなく(別にふざけてるわけではない)、普段は外に出さない僕のある種キチガイなくらいの映画批評をこの場を借りて書かせていただきます。

この映画批評については、完全なる僕の世界の見解ですので、ついてこれない方はついてこれないからと言ってこの記事を批判しても、その批判があなた自身の見解を形成してくれますのでその見解を大切にしていただきたい。

みんなでこの「最高峰の作品」について哲学できれば幸いです。

そう、まずは高畑勲監督作品「かぐや姫の物語」は、本気でこの世に存在する映画の中でもひときわ輝く「最高峰の作品」と言わせていただきたいのです。

追悼として書きたいのは、この作品がなぜそれほどまでに最高峰かという点だ。

それでは始めます。

 

もしこの記事を読んでいるあなたが、人生における人間的な成長とは何か、そしてそれが人生の根本であるという自覚を持って生きているのであれば、どの尺度をもってその成長を自覚しているだろうか。

 

この問いは、成功とは何か、人生とは何か、幸せとは何か、愛とは何か、自分とは何か等々を、周りから「意識高い系」と揶揄されようが、そういったことをしっかり考えて生きている人であれば、僕が何のことを言っているか何となくわかるだろう。

そういったことを日々考えて人生の価値を見つける旅をしている方なら、これから書くことも少しは理解できるかもしれない。

反対に「そんなことは意識高い系のすることだ」と生きている方には、全くもって何のこっちゃわからない内容となるのでここで記事を閉じることをお勧めします。

数年前と比べて最近は情報商材も横行し、様々な分野から成功哲学や脳科学、スピリチュアリティからコーチングメソッド、その他諸々と、たくさんの「啓発」が出回るようになり、各分野でやれAmazon一位だの何万部だのと、商売のために本質への気づきと人間的な成長を利用する時代になってきている。その速度は日々加速していることも事実だ。

それだけ世間で自身の成功や成長、自己実現への「真剣な需要」が高まってきているということだ。

働き方改革という言葉も浸透し、個人事業主や女性起業家も増え、一流企業に就職することよりも自分らしく生きるとは何かを真剣に考えることが大切になってきた今の時代、もはやこういうことを考えることに対して意識高い系と揶揄できないところまで時代が変わってしまったのだ。

そしてそういった分野で必ずと言っていいほど触れられていることがある。
「成功するに必要なこと」「成長するに必要なこと」「自己実現するために必要なこと」「幸せになるために必要なこと」等々だ。
その「必要なこと」を知り、それを頭だけでなく体で学ばなければ、それ以上の進歩を自身にもたらすことができないのだ。

その「必要なこと」とは、この世界の本質、自分という魂の本質、
自分の内側と外側を含めたこの宇宙の「真実」のことだ。

少々わかりにくいかもしれないが、
大前提として、この宇宙の全ては我々の頭の中の観念で出来上がっている。

簡単に例えると、コップが倒れた時に何を思うか、それは人ぞれぞれの観念によって意味付けされるということだ。
出来事にはそもそも理由はなく出来事自体は中立だと言われている。

その出来事に対して人間はごくごく自然に無意識的に意味をつけている。
ある人は自分に都合が悪いように、ある人は自分に都合が良いように。

コップが倒れた時に昔の僕の母親なら頭ごなしに怒鳴り、私は怒られているだろう。
諸々詳しい分析は割愛するが、簡単に言えば、私の母親の観念の中でコップが倒れたことをネガティブな出来事として捉えているから怒れたのである。

この観念を時にエゴと表現することがある。
そしてそのエゴを如何に自分の中から取り除いていくかという修行を日々の生活の中で行い、最終的に辿り着くところを悟りの境地と表現することが多くあるのだ。
仏教などの宗教的な教えやスピリチュアリティのような高次元な世界では往々にこのようなアプローチをする。

キーワードはこの「悟り」というものだ。
高畑監督はその「悟り」というものに対して、彼のその死生観をこの「かぐや姫の物語」で強烈なパンクロックとして表現されたのだと僕は見ている。

【後編に続く】

マジで株式会社  代表取締役

アートと経営をかけ算した企業のかたち。そして人間の意識フェーズと時代の関係性。AI時代の到来に向けて「ヒューマニベート」という独自の視点から切り込んだ先見的活動と孤独を愛する。理想主義でも現実主義でもない、我々は理想現実主義であるべきだ。そうは問屋が許さねえ。速読より遅読派。遅読の方法はお問い合わせください。フォーカスすることこそが価値を生みだす。2時間の映画で1年間分の学びを生成します。歩く精神と時の部屋。「私たちはどこに向かうのか」という究極の問いに対して「私たちは内側に向かう」と自信をもってお答えします。サプライズベースに生み出すクリエイティブプロセスで発生する愛のビックバンメカニズムを研究し続けて20年になります。デザイナーを極めた先はディレクターではなく、ダーマ神殿でデザイナーからイノベーターへと転職するべきなのです。嫌いな物はおばあちゃんのかかとみたいな食べ物。例えるなら干し柿です。よろしくお願いいたします。

プロフィールアイコンは、勇気をもって魔物に立ち向かい今まさに意を決して飛びかかり「えいやーっ」と奇声を発しているその瞬間を捉えた状態であり、「えいやーっ」という台詞の吹き出しの中で様々なことを話しているのだと思ってください。そう、すべては一瞬のうちに行われ儚く過ぎ去っていくのです。 尊きすべてに感謝。 喉元過ぎれば熱さを忘れて育ってきました。身分不相応が大得意な小5病。

ぷっちょんぺろりんちょん。