超個人的な興味から行動のゆくえ。もしくは、イノベーションへの 数歩前(2) ースローウェブという ゆっくりとネットを、という話から

はじめに_今回参考にした記事

『「スローウェブ」:本来の自分を取り戻すために、ゆっくりとネットを使う』
https://wired.jp/2012/08/27/slow-web/

『速報を流さない「スロー報道」が人気化のワケ「なぜ?」に切り込むスロージャーナリズム』 https://toyokeizai.net/articles/amp/177740

ここに書かれたことをざっと要約すると以下の通り。

iPhoneをはじめとするデバイス、SNSをはじめとするサービスの発展につき触れられる情報は圧倒的に増えていってい る。そんな中でシリコンバレーをはじめとする「創造者」の反省としてマインドフルネス、瞑想などをもって解放していくことがあったりする。その反省としてあげられた話題がSNS疲れや以下にあげたポスト真実だとすると、僕らはそれらとどのように関わることでこの先を考えていくことができるだろうか。 また、近年イタリアをはじめとするスロームーブメントの流れ から生まれたスロージャーナリズム。これは、新しいジャーナ リズムの展開として新しいメディアの形が流行ってる?といった具合。

僕らが触れる情報と「ポスト真実」へ

 さて、過去を振り返れば、今の時代は毎日SNS以外にも触れる情報の量は圧倒的に膨れ上がり多くなってきていることは確かである。SNSで拡散される情報、勤務先や通学先でのたわいもない会話からもどんどん情報は漏れかえる。そんな情報過多は過労や障害も世間的にとりだたされている(ex.SNS疲れ)。甚だそれがいいものか、悪いものかという基準はまた違った話であり、そもそも良し悪しという判断ではないかもしれない。そこで情報への向き合い方をふくめ考えていくことは必須である。日々情報を意識的、無意識的に取捨選択し生きている。

もしかしたら、この状況というのは産業革命直後の状況に似ているかもしない。そう思うと、産業革命以降と比較…それはさておき。かくも、このコラムすら取捨選択された中の…と考えると気がひけるので割愛する。そんな中で出てきた「ポスト 真実」という言葉。今回はSNSの普及により生まれてきた「ポスト真実」への投げかけを「スロー」をもって解いていこうと思う。

*ポスト真実…世論の形成において、客観的事実よりも感情的・個人的な意見のほうがより強い影響力を持つこと。受け入れがたい真実よりも個人の信念に合う虚偽が選択される状況をいう。「デジタル大辞林-ポストトゥル ース」より(ポスト真実のサジェスト)

〈態度〉であること

 先の参考記事を参考にされたいが“スローウェブ”の前提は

あくまで、生活一部としてのテクノロジーがあり、その対応や態度であること

は忘れてはならない。開発者(参考リンク中は創 造者と記載)自らが作り出したものに対し、そのような状況を 生み出していく。コンピュータをはじめ先進技術は人々は先の 参考にもあげた瞑想、マインドフルネスといったものが、リラクゼーションや癒しと異なる点として一概に発揮するとは限らない。むしろ、言わば解放をもって行うことによって、一度自分を客観視し捉え方を考えるのである。僕は哲学に近いなと感じたのが、この場合によるため。

哲学は本来の学問一般における法則性を援用し実用化を目指したりする方向とは逆に向かい、新たなる視点や気づきを創出する。それゆえ、哲学をやる人は変人だの、なんだの常人とか一般といったことからどこかとりだたされていることが多い。また決して批判する限りではないことは十分理解しておきたい。他に似ているものといえば、パンクス、ヒップホップ、といった音楽ジャンルと言われながらも、

生き方そのものを規定する力を持つ。

ex.スロージャーナリズム

 そんな中イタリアで発露したスロームーブメントのスローフードは数年前に日本でも流行ったような…。そんな話が今やジャーナリズムによって発露している。 とりあえず、参考からの引用という形でスロージャーナリズム の輪郭を辿る。

“1つは(中略)調査に時間をかけ、1つの事件や事象を深く 掘り下げること”

“2つ目は、すでに報道されている事件や事象について、その背景にあるものや原因などを突き止めようとする姿勢”

“3つ目は、広告収入に頼らず、購読料でビジネスを成り立 たせようとしている”

 

 見てわかる通り、基本は態度である。

確固たる定義はなく、その態度をもってビジネスをなり立てようとする。

なんて日本のニュースが妙にドラマチックに感じさせて、エンターテイメントになってきたというのが僕自身の思ったことである。エンターテイメントでお金を稼ぐのは、ずっと昔からあるにしろ、そりゃそうだろうな、テレビなんて…といえばそれまでであるが。興味深いのは、のちにCBCをはじめとする放送局が始めることになるが、まずはウェブサイト掲載が先行していた点。しっかり読んでもらう、理解してもらうにはやっぱり文字として起こしている。ただ莫大にお金がかかるというのだから、と考えると日本での可能性を少し考えようだと思われるかもしれない。それに出版メディア系が軒並み廃刊していると考えると…。

しかし、スローウェブの可能性は実は、尺度を変えるだけで スムーズに加速するのかも…ということがあるのではないか。 前回の記事にも書いたがターゲットとなるスケールを狭めてい くこと、例えば業界紙なんてものは本当に、ドンピシャである かもしれない。経験上、業界紙のライターをしていると一般の 報道と業界ならではの報道を組み合わせながら記事を書いていた。

何が言いたいのかというと、

読ませるような文章を書くためには、世間的な情報の真意といった部分をある程度掘り下げ たり、拡張しながら、折り込み記事を作ることになるので、否応無しに読み込む文章を書くことになる。

 

しかし、僕が書いていたのは紙の媒体によるものだった…。

あゝ、無念。が、まだ 勝機は、あるはず。

ex.うつつうつろ

福岡市出身。だいたい酒飲んでいる。
新卒で木材・木工機械業界紙のライターのちホストクラブのHP更新業務のちデザイン会社を経てきました。コンセプトメイクから企画の仕事がしたいよ、と思いながら将来的にいろんな人のスタートアップ支援や何かやりたいという時にできる「場」を作りたいと考えています。
眼鏡の女性にご飯とお酒をもてなしたいと「#utsuroba」というイベントを企画し不定期で開催してきました。
興味範囲:主に哲学ぽいもの、記号学ぽいもの、メディア論、情報論、現代アート、広義のデザインなど。